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連ね歌 後篇 

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愛ちゃんの様子がおかしい事に気が付いたのは、夏の終りでした。
私は、こういう仕事に携わってかれこれ10年程になりますが、
決して珍しい事ではないのです。
愛ちゃんは妊娠4ヶ月目に入ったぐらいだろうと診断されました。
体調管理の一環として、女性の生理日は、だいたい把握しているつもりでしたが、
愛ちゃんの場合は不順気味だったのと、
処理が自分でほとんど出来るので、注意が足らなかったと反省しています。

妊娠週数が進んでいるということで、犯人さがしよりも先ずは手術をという事になり、
愛ちゃんのお母さんに連絡をして、来てもらいました。
当然ながら酷く叱られましたが、こういうこともあることは覚悟していたとも言われました。
愛ちゃんは可愛い顔立ちをしていましたし、身体のラインも実に女らしいものでしたから、
今までにも危ない事が何度かあったようでした。
それに女の私からみてもフェロモンのようなものを感じるのです。

事の因果関係について、本人にも説明しました。
驚いたのは、お腹の中に赤ちゃんがいるという事に、愛ちゃんが気付いていたことです。
まだ胎動がある時期ではないと思うので、本能的なものなのでしょうか。
愛ちゃんは「赤ちゃんを産みたい」と言って泣きだしました。
出来ることなら産ませてあげたいとお母さんも涙を拭かれました。
確かにここに在る命を切り捨てる権利は、誰にもないと思います。
育まれた命が不幸せになると断定もできません。
第三者も交えて、私たちは何度も話し合いました。
愛ちゃんの気持ちをもっとも大切にしたのはいうまでもありません。
ただ、綺麗ごとではすまない部分は、愛ちゃんには理解できません。
その辺りの話し合いは、お母さんと愛ちゃんでしてもらいました。
離れて暮らし始めたとはいえ、お母さんと愛ちゃんの繋がりはとても大きなものでしたから。

愛ちゃんの手術は無事に終わりました。
妊娠が発覚してから、作業所は休んで実家で養生していましたが、
体調だけでなく気持ちが落ち着くまで、もう少しお母さんのところがいいだろうと
判断されました。
私の所に彼がやってきたのは、その頃でした。
学生ボランティアとして作業所を手伝ってくれていた青年でした。
彼は私の前で深々と頭を下げました。
「どうもすみませんでした」
搾り出すように出て来た声は震えていました。

彼は愛ちゃんの妊娠をどこからか聞いたようでした。
自分と愛ちゃんの間に起きた過ちをきちんと話してくれました。
最後まで出来なかったはずなのだけれど、もしかしたら・・・
彼はそう言って涙をこぼしました。
自分にできることがあれば、何かしたいのだとも言いました。
私は彼の誠実さと、そして若さに打たれました。
愛ちゃんは妊娠4ヶ月ですから、彼の話とは計算が合わないのです。
その事は彼には伝えませんでした。愛情の裏打ちのない、こういう「過ち」は二度と繰り返して欲しくないからです。

胎児の血液も保管してありますから、犯人探しは、そう難しくないと思います。
でもお母さんからの要望でもない限りは、やめておこうと思うのです。
私は愛ちゃんは相手を分かっているのだと思っています。

大空を、目指して高く羽ばたけど。
割れたとて、己の弱さ見せぬけど。
留まれず、飛べぬわが身が切なくて。
涙する、君にすべてを委ねたい。

愛ちゃんのノートに書かれていたものです。
詩なのか俳句なのか手紙なのかは分かりません。
愛ちゃんがここまでの文章を書けるとは思えないのですが、
愛ちゃんの字には間違いありませんでした。
もしかしたら何かを模写したのかもしれません。
ただ幼い心の中に芽生えた何かを本人が抱えきれなくなっていたことは
確かでしょう。
私はいろいろな意味で自らをもう一度省みながら、
愛ちゃんをしっかりと見守っていきたいと思っています。

終わり。
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連ね歌 中篇 

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その日は朝から土砂降りに近い雨だった。
びしょ濡れになりながら、ようやく作業所に辿り着くと、
一緒にボランティアに来る予定だった友人は
体調を崩してしまって来られないらしいと、職員から聞かされた。
昨日はボランティア仲間でカラオケに行って、人一倍楽しそうに歌っていた。
「雨かよ、だりぃなあ」という、彼の声が聞こえた気がした。
作業所には常勤の職員が三人いる。
そのうち一人は休みだった。
もうかなり年配の人なので、この天気では難しいのだろうと僕は思った。

午前中のパン作りで、愛ちゃんとペアを組んで働いている女の人が、
パンを切る機械で指を切ってしまった。
いつもはおっとりとして穏やかな人なのだが、酷い出血にびっくりしたのか痛みのせいか暴れだした。彼女は感情のコントロールがきかないのだと聞いてはいたが、その変貌ぶりに驚いた。
「今日はきっとお客さん来ないと思うから、大丈夫よね」
結局、職員が二人付き添い、病院へ行くことになった。
僕と愛ちゃんは、とうとう二人っきりになってしまった。

午後になって雨足は更に強くなってきた。
日当たりのいい「ひまわり」の中も薄暗く、間接照明から蛍光灯に切り替えていた。
病院へ付き添った職員から、怪我が思いのほか重症で少し縫うことになったのだが、
興奮がおさまらず暴れているので、鎮静剤を使うことになったという連絡が入った。
夕方まで帰れそうにないから、用がなければ時間を延長して欲しいというのだ。
僕はためらいながらも了承した。

その後の僕の行動は、魔がさしたとしか思えない。
もしかしたら、愛ちゃんが僕に魔法をかけたのかもしれないとさえ、思っている。
それほど、自分でも抑えきれない衝動が突然襲ってきたのだ。
僕はなんとお店の入り口に鍵をかけた。
蛍光灯を消すと、店はまた間接照明だけになった。
愛ちゃんは僕の傍に寄り添い、僕の行動をじっと見ていた。
僕は愛ちゃんと向き合った。
愛ちゃんは少しおびえたように顔をこわばらせ身を堅くした。
もしこのまま愛ちゃんが拒否し続けてくれたら、たぶん僕は気持ちを抑えられた気がする。
でも愛ちゃんは違った。なんと目を閉じて、顔を上に向けたのだ。
僕は少しだけ、ほんの少しだけ迷った。
愛ちゃんに対して好意以上の気持ちを持っていたかと問われたら、うなづくことはできない。
そこにあったのは、愛情ではなく、性的興奮にすぎなかった。

僕は呼吸を整えながら、愛ちゃんをゆっくりと抱き寄せた。
愛ちゃんはなされるがまま、僕の方へ引き寄せられた。
僕は愛ちゃんのピンク色の柔らかい唇に自分の唇を重ねた。
愛ちゃんの唇はしっかりと結ばれてたけれど、僕が舌で軽くつつくと、
すっと受け入れてくれた。
あまりに自然だったので、僕は少し驚いた。
愛ちゃんは初めてじゃないのかもしれない、そう思ったのだ。
僕は唇を重ねたまま、客席の長椅子にどさっと倒れこんだ。
愛ちゃんはピンクのうさぎのついたショーツを穿いていた。

最後までは出来なかった。
愛ちゃんの受け入れ体制に無理があったからだ。
さすがにそれ以上、無理にはしなかった。
それが良心だったのかといえば、違う気がする。
最後ににっこり笑った愛ちゃんに、僕はため息を返してしまったのだから。

つづく

連ね歌 前篇 



「ひまわり作業所」で働く愛ちゃんは、長い髪を毎日きちんと二つに結んで、
蝶やら花やらの可愛い髪留めをつけている。
養護学校の高等部を卒業してから、親元を離れ、
グループホームで暮らし始めて、そろそろ一年が経つらしい。
19歳、この夏が終わったら20歳になるのだという。
作業所では朝早くからパンを焼き、昼間は作業所に隣接している
喫茶「ひまわり」でウェイトレスをやっている、無邪気な笑顔が可愛い女の子だ。

福祉系の大学生の僕は、学生ボランティアとして作業所に通っていた。
作業所で働く人たちは僕たちボランティアを気持ちよく歓迎してくれる。
愛ちゃんも僕たちの訪問をいつも喜んでくれていた。
作業所にも、グループホームにも同世代の友達はいないようだったから、
僕たちと接するのが、楽しいのだろう。
僕は愛ちゃんと同じ年だったが、先輩のような兄のような先生のような気持ち、
どっちにしても上から見ていたのは確かだと思う。
愛ちゃんはおよそ10歳ぐらいの知的能力しかなかったからだ。

愛ちゃんの僕に対する態度が、他のボランティアに対するそれとは
違う事に気付いたのは、通い始めて二週間ほどした頃だった。
愛ちゃんは日常生活にはさほど不自由はない。
計算も出来るし簡単な文章の読み書きも出来るから、
作業所やお店の仕事もスムーズにこなした。
何よりもその人懐っこい性格で、お客さんには人気者だった。

とはいえ帳簿をつけたりは出来ないし、少し難しい計算や
(大勢で来たお客さんが、ひとりずつ支払いたいと言い出したり)
トラブル対処は難しかったので、お店には必ず職員かボランティアがついていた。
いつもは数人いるボランティアがたまたま僕ひとりだったとき、
愛ちゃんがいつの間にか僕にぴったりとくっついていた。
僕は腕に押し付けられたような形になった愛ちゃんの胸のふくらみにドキッとした。
愛ちゃんはそんな僕を試すような目をして、ちらっと見た、ように僕には思えた。
僕は慌てて少し離れた。

それから僕は愛ちゃんとできるだけ二人きりにならないように気をつけた。
みんなといる時の愛ちゃんは、特に変わった様子はなく、
僕の勘ぐりすぎかと考えてしまうほどだった。
でもやはり杞憂ではなかったのだ。

つづく
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