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娘へ。 

015

「お母さん、あたしね」
味噌汁の葱を細かく刻みながら、
菜生子は淡々とした口調で、妊娠したのだと告げた。
私は煮物の味をみながら、あの頃の記憶を手繰り寄せる。

菜生子を身篭った事がわかった日、父は怒り、母は泣いた。
シングルマザーなんていう呼び名のない時代、
「私生児を産むなんて」となじられた。
新しい命を喜んで迎えてもらえない現実が、あまりにも悲しくて、
私はあてもないまま、一人で家を出た。

人様の迷惑にならぬようにとだけ、
自分にも菜生子にも言い聞かせて生きてきた。
父親の顔すら知らない菜生子が、学校でいじめられたり、
就職試験を受けさせてさえ貰えなかったりしたのを知っている。
それでも菜生子は私を責めるような言葉は一度も口にせず、
ただ淡々と日々を送っていた。私はそう感じていた。
そしてそれが菜生子の無言の抗議だとも思っていた。

菜生子が妻も子もいる人とつきあっているのだと知ったのは、
相手の奥さんがうちに乗り込んできたからだ。
口汚くののしる彼女に対しても、菜生子は何も言わずに通した。
その時、私は気付いた。
迷ってばかりいた私とは違って、菜生子は凛として生きている。
羨ましい程にしなやかに、そしてしたたかに生きているのだということに。

「おめでとう」
私は25年前に欲しかった言葉を、菜生子にたむけた。
菜生子は一筋涙を流し、「ありがとう」と笑った。

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