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拝啓 貴方さま 

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昼前になってもママはつかまらないし、いくらなんでもアパートに
小林君と峰子婆ちゃん残して出かけるのはやばいでしょと、学校は諦めた。
はるばる熊本から訪ねてきたっていうのに、峰子婆ちゃんはあたしが誰なのか
全然わかっていなかった。
「可愛い娘さんで、はじめまして」
なんてもう5回も挨拶されている。小林君の車を拾ったのは、
神戸辺りらしいけど、そこまでだってどうやって辿り着いたのか、全然わかってない。
とにかく酷く疲れた様子で車に乗るなり眠り込んでしまったらしい。
「新幹線じゃないの?」と小林君は言うが、そんなお金を持っていたんだろうか?

小林君と峰子婆ちゃんとあたし、想像したこともなかった3人で、
1DKの狭いアパートの中で、空気はビミョー。
って感じていたのは、あたしだけだったみたいで、
小林君は峰子婆ちゃんと、とんちんかんな会話をしてる。
だいたい峰子婆ちゃんは小林君を誰だと思っているのだろう?
あたしは何回もママに電話しながら、ふたりの会話にも参加した。

放浪中の小林君の話は、なにげに面白い。
失敗したエピソードを感動もののラストでエンド!なんていう
プロの作家ちっくな構成で、落語家みたいに声色とか擬音なんかを混ぜながら、
次々に話す。途方もなく長いはずだと思っていた時間が、あっという間にすぎた。

お昼は冷凍ピラフをチンして食べて、夕飯にはピザをとった。
小林君のおごりだ。支払の時にお財布をちらっと見たけど、
あんまりお金が入っていなかったのに大丈夫なのかなと、あたしはちょっと心配になったけど、どうしてもおごらせて欲しいっていうから仕方ない。
峰子婆ちゃんには濃すぎるかと思ったけど、一枚完食し、あたしの分も一切れ食べた。
「珍しいねえ、珍しいねえ」
口のまわりにチーズをつけたまま、美味しそうに食べる峰子婆ちゃんを見ながら、
あたしは小林君と顔を見合せて笑った。
なんかずっと前から一緒にいるみたいな気までしてきて、不思議だった。

すっかり夜になってから、ママが登場した。
「なっちゃん、ごめんね」
あたしのパジャマを着て、少女のような顔で眠っている峰子婆ちゃんをみながら、ママがポロポロと涙をこぼした。
「婆ちゃんを連れて来てくれた小林君」
あたしが紹介すると、ママは涙顔のままで小林君の手を握り、
「ありがとうね、迷惑かけちゃって、ごめんなさいね」
と、何度もお礼を言った。
小林君は照れて頭をかきながら、小さく頭を下げた。

「じゃあ、僕はこれで」
小林君が荷物を持って立ち上がった。
「本当にありがとうね。夏実、外まで送ってあげて」
ママが言った。言われなくてもそうするつもりだった。
大丈夫だからと断る小林君の背中をぐいぐい押して、あたし達は外へ出た。

アパートの前に停めた車に、小林君が乗り込む。
玄関を出て階段を降りていく間中、一言も話せなかった。
今まであんなに笑いながら、いっぱい話をしたのに。
「じゃあ、元気でね」小林君がそう言ってドアを閉める寸前に、
あたしは思い切って、小さなメモを渡した。
「あたしの携帯のメアド。また面白い話があったら教えてね」
自分で一番可愛いと思っている表情を作って言ってみる。
耳まで赤くなっているような気がして、目がきょどってしまう。
「ありがとう。また、連絡するよ」
小林君は、いともあっさりと行ってしまった。
タビビトってのは、そんなもんなんだろうか・・あたしも
旅の途中で通りがかった先で出会った女の子のひとり。
なんだか胸の奥がぎゅっと痛かった。

(続く)

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