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蛾の溜息 

010

「どうにも哀れよねえ」
外灯に何度もぶつかっていく蛾を見ながら、
カコさんが野太い声で呟いた。
僕が最後に聞いた言葉だ。

自称27歳。20年も前から変わらないらしい。
「本名は和彦っていうのよ」と、打ち明けてくれた。
年下の僕がいうのもなんだけど、カコさんは可愛い。
目尻の皺だってキュートだし、少々出っ張ったお腹も愛らしいのだ。
カコさんの大事な人は、リョウさんという初老の紳士。
どこかの会社の社長さんだという噂もあるし、
資産家のぼんぼんだという噂もある、なぞめいた人だ。
実はダンボールハウスに住んでいるのだなどという人もいた。

ある日、カコさんは店でリョウさんと激しい喧嘩をしていた。
グラスがたくさん割れて、カコさんは指を切って、リョウさんは額を切った。
カラオケの機械も壊れてしまった。
それっきりリョウさんは、お店に来なくなった。
それからも毎日、カコさんは軽口をたたきながら
お客さんをあしらっていた。
いつもと何も変わらなかったから、僕だけじゃなく誰も気づかなかったんだ。
だからカコさんがいなくなってしまったのは、
僕たちにとって、本当に突然だった。

カコさんとのお別れの会に、誰が知らせたのか、リョウさんが来た。
リョウさんは黙って花をたむけて、それからひっそりと泣いた。
言いたい事がたくさんあったはずなのに、僕は何も言えなかった。
それくらい切ない泣き声だった。
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